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■恵まれたキャンパス環境の中でかけがえのない“自分”を発見する。それが聖学院スピリット
1906年(明治39年)の開学以来、一貫してキリスト教精神にもとづく人間教育を行なってきた聖学院。それは一人ひとりの個性と感性を磨き、“唯一無二の自分”を確立する教育と言ってもいいでしょう。十代の最も多感な日々を過ごす中学・高校時代は、見るもの、触れるものすべてが人格形成の糧となるはず。さまざまな体験を通
して発見し、創り上げるのは、かけがえのない自分自身の未来です。 |
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■聖学院教育の柱
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■聖学院教育の理念 人としてあるべき姿を伝えるキリスト教の精神
キリスト教的な世界観や人類愛を教育のベースとする聖学院ですが、もちろんそれは宗教としてのキリスト教を強要するものではありません。まだ確固たる価値観が定まっていない中学・高校時代はさまざまな情報に影響を受け、多感であるがゆえに迷いやすい年頃でもあります。
その時に心のよりどころとなる「正誤表」を持っているかどうかは、とても大きな問題なのです。悩みや壁にぶつかった時、人としてどうあるべきか。そのケースに応じてなすべきことを示唆し、どう考えるべきかを最もわかりやすく表している「お手本」がキリスト教の教えにほかならないのです。
聖学院では特別な宗教的教育を行なっているわけではなく、日常の教科指導や学校行事、個別 のカウンセリングなど折に触れて他者への思いやりを基本としたキリスト教精神を伝える、いわば“草の根的”な宗教教育を実践しています。それが、聖学院のおおらかでのびのびとした校風の原点と言ってもいいでしょう。
■一人ひとりが主人公 聖学院のOnly One教育
勉強でもスポーツでも、たとえば趣味や遊びの世界でも、そこで“トップ”をめざす意欲はとても重要です。人に勝ちたい、より高い評価を得たいという気持ちが自分の力を向上させることも確かでしょう。
でも、ひとつのモノサシだけで人間のすべてをはかることは決してできません。ある人にとっては何の価値もないものが、ある人にとっては夢を叶えるために不可欠なものだったりすることはよくあります。一番大切なのは自分だけのモノサシを持つことです。自分のモノサシさえしっかりと持っていれば、自分とは違うモノサシを認めることもできるはず。
それが一人ひとりの「個性」を伸ばすことであり、キリスト教精神にもとづく「他者への思いやり」の源なのです。だから、「ナンバーワンよりオンリーワン」。一人ひとりが自分だけの夢をドラマに描き、その主人公として生きていく力と自信を身につけること。それが聖学院のOnly
One教育です。 |
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