中高時代は何をするところ?

少し秋風が立つようになり過ごしやすい日がありますね。受験をするみなさんは勉強に加速がついている頃でしょうか。いえいえ僕はまだですと答え不安に思っている人もいるでしょう。これからが踏ん張りどころですよ。途中でくじけることだけは避けましょう。

中高時代は何をするところ?はい、これからの長い人生を動かしていくエンジンを作る時です。あなたのエンジンの大きさや性能はあなたにも、誰にもわかりません。どれほど貴重な時間を過ごせるかにかかっています。車はエンジンだけでなくたくさんの部品がなければ動きませんね。ひとつ一つ部品を作るのが中高時代です。受験は秋の陣です。忍耐強く、一日一日、頑張りましょう。「記念祭」にも遊びに来てください。

受験生のみなさんへ

もうすぐ夏休み終わりですね。
私はいつも夏休みの終わり頃宿題が終わっていなくて焦っていました。

今タイの田舎にいます。
空には夏休みの雲が浮かんでいます。
海抜800メートルの山間民の村に行きました。小さな子どもと60歳以上の高齢者ばかりです。都会から離れた村はどこも同じです。若い人たち、おじいちゃんやおばあちゃんは町に働きに行っています。かわいい子どもたちとなかなか会えません。子どもたちも大好きな優しいお母さんお父さんに会いたくてさびしくて仕方がありません。

夜、外に出て雲のない空を見上げました。ハッとするくらいの星がしいんとしていました。こんなにたくさんの星はプラネタリウムでしか見たことがありません。
星のきれいなところは貧しいんだと言った人がいました。
星の下で悲しくさびしくなりました。

でも何かやろうという強い気持ちにもなりました。
これから皆さん頑張りましょう。

新しい年度の始まり

新しい年度が始まり3週間になります。
例年のように静かに滑り出しました。

礼拝の前列に座っている新入生からは独特の新鮮な命の匂いが立ち込め講堂全体を包みます。その後ろに控える2年生には後輩を見守る優しげな目が加わりました。ちょっとばかりいろいろ分かってきた中3には生意気な気分が出てきましたが、大丈夫です。

高校1年生は背伸びを始めています。
高校2年生には自分たちが学校の中心にいる自負が出てきました。高3はさすがに落ち着いて2階に陣取っています。1階にいる中1、中2生を弟を見るようなまなざしです。

講堂には大きな讃美歌が響き大きなオムニバスが動き出しました。

今年はこの男子たちにどんなドラマが待っているのか楽しみです。

S先生が残されたメッセージ

去る2月10日午後同僚のS先生が学校で倒れられました。第一発見者は中3のH君でした。ただちに保健室に連絡をして別のF君がS先生を安全な体位に変え応援を待ちました。駆けつけた養護教員がただちに心臓マッサージを施し、救急車の到着まで続けました。その後も救急隊員の方の懸命なる心臓マッサージがなされN病院へと搬送されました。22日残念ながらS先生は62年の地上での生涯を終え静かに天に旅立たれました。生徒諸君の機敏で的確な行動が命をつなぐ厳粛さを示してくれました。これらの一連の行動とその時の心の中に起こっていた事は誰も忘れることはないでしょう。S先生が身を持って残された深いメッセージに違いないと思います。改めて教育者の任を思い知る厳粛な機会となりました。

入学準備会

2月11日(木・祝)に入学準備会を開きました。晴々した合格者がやってきました。一つのヤマを越えた者だけが持つ、晴れやかな気分に包まれました。これから進む6年間にどんなことが待っているか誰もわかりません。しかし、それぞれに出発点が与えられたことは確かなことです。教職員一同も心は春です、生徒諸君の熱狂的なサポーターです。楽しく豊かな道を歩んでほしいと、毎年この日から思い続けます。

やがて沈丁花の香りが漂い、高校3年生の卒業式の日がやってきます。この日も晴れやでのびやかな空気が誰をも包みます。6年前の日を思います。

スタートとゴールが隣り合わせになった貴重な時になります。

新入生と卒業生ともに、豊かな神の祝福を祈ります。

校長 戸邉治朗

中学受験を控えたみなさんへ

中学入試直前になりました。
心を決めて一直線に励んでいますよね。
まだ心が決まってなかったら、今、心を決めてください。

たくさんの方々が言われているように、聖学院は他にはないいい学校です。
皆さんがおっしゃるのですから、いい学校に違いありません。
教職員も在校生徒諸君も保護者の方もOBも同じ気持ちです。
他にはないいい学校です。

今年は桜の開花が少し早いと予想されています。
4月の入学式に花のお迎えがあるといいなと思っています。

風邪は引かないように、体調を崩さないように、体を冷やさないで頑張ってください。
お待ちしています。

力強く取り組んでください。
あなたの道が与えられますように、お祈りしています。

ミャンマーの村にて

今年度もタイ研修旅行がありました。12月20日(日)~31日(木)12日間。

12月25日クリスマスの日、私は聖学グループとは別行動をとり、ミャンマーのある村を訪問しました。4年も待ってやっと実現しました。戸数は30軒、人口は150人くらいです。村の中心に大きな広場があります。そして教会があって、その日はクリスマスなので子どもから老人まで皆が庭に集まって食べたり、ゲームをしたり楽しんでいました。村に入ってほどなくして感じたことは、そこかしこに創造主に感謝する雰囲気が満ちあふれていることでした。澄んだ空気に包まれ太陽の光も南仏のプロバンスのように美しいものでした。人々は互いに重んじ和気あいあいとしておりとても平和でした。まるで夢の中にいるようでした。天の神に自分がいることを感謝し、互いに愛し合う村は奇跡としか言いようがありませんでした。自分にとっては一生の宝になる経験でした。

受験するみなさん、地上にもこんなところがあるのです。希望を持って頑張りましょう。

クリスマスを前に

candleクリスマスも近づきました。町はなにかウキウキした気分ですね。私はひねくれもので、そうした雰囲気に違和感を持ちます。受験するみなさんやご家庭ではお祭りどころではないでしょうね。でも食卓にロウソクを1本立てて真面目になって、自分たちのことや神様のことを考えるのもいいでしょうね。ニューヨークのマイカルさんという牧師さんが、説教に出かける前に祈った祈りを紹介します。

「主よ、あなたが望むところに私を遣わせてください。あなたが望む人に会わせてください。私の口を通して語るべきことを語らせてください。なによりあなたの道を邪魔しないようにさせてください」

この牧師さんは9.11に、あのセンタービルで亡くなり、最初に発見されたそうです。受験も神様が望む所に行かれることが最もいい学校です。

ベストがつくせますようにお祈りしています。

私は22日からタイ、ミャンマーに出かけます。帰国は来年です。

平和は命令するもの

幻なき民は滅びる  箴言29:18

この言葉は旧約(ヘブル語聖書)のものです。
幻はguidance of Godと英訳されているものがあります。多くの英訳聖書がvisionと訳す中で、これはわかり易い。
神の導きの無い民は変質して国としての骨格を失ってしまうということです。
古来強大な王国が滅びて行ったのは、神の声を聞こうとしなかった独裁的な王(集団でも同じ)がいたのを箴言記者が見聞きしてきたからでしょう。
納得できる場合が多くあり、震撼とします。
亡くなった哲学者の久野収先生が、

「われわれ“庶民”は主権者として平和を欲し、政治権力の担当を目標とするすべて政党、政派に向かって、平和を守れと命令する立場にある。」
岩波書店佐高信編 『久野収セレクション』p133(1953年)と言われました。

日本国民は国に命令されたら抵抗できないと思っていた時代の名残はまだまだ色濃くありましたから、我々が平和を守れと命令するという立場の逆転は鮮明なものがあり、新鮮でした。

先の戦争では国家権力(軍部)によって国民は戦争参加が強制され、参加協力が命令されました。
その頃は久野先生の言う庶民=市民が育っておらず、圧倒的多数はお上(おかみ)の言うことに従う「国民」で、国の主権者ではなかったのです。

「国」からの命令はたくさんあり、国民はみな命令され従わされました。おかしいなと思った人々も多数いましたが、巨大なブルトーザーのようなあるいは戦車のような力に、国民は大事なものを麻痺させられなぎ倒されていきました。

敗戦後に戦争の反省に立って施行された新憲法はこの関係を逆転したものでした。
憲法施行された日、旗行列をして歓迎した記憶がかすかにあります。

「平和的生存権」が日本国憲法の前文に記されていると指摘する憲法学者もいるくらい世界には稀な精神が憲法には盛り込まれています。平和を希求している主権者である国民が、平和を守れと命令する立場なんだという世界には貴重なものです。

そこで日本国「憲法九条にノーベル平和賞を」という運動が起こされました。
先日その運動の発起人である鷹巣直美さんに礼拝でお話をしていただきました。
『平和的生存権』を世界に定着したいという思いが強いことを伺いました。
話を聞きながら6,000万人に上る難民のことや戦死した友人の父親のことが脳裏から離れませんでした。

イエスは平和を作り出す者になりなさいと言っています。
18歳で選挙権が与えられ、その一票は命令のために行使する一票です。

決して、候補者から清き一票などとお願いされるものではありません。
銘記したい。

グローバル社会とは

日本社会内では「出る杭は打たれる」のが実態のようですが、その他多くの人々が不本意ながら傷ついている。学校でも生徒、教師、保護者が委縮してしまう。グローバル社会とはかけ離れて非現実的だ。全国私学教育研究集会が長野で10月29日(木)30日(金)の二日間開催された。教育現場の生徒や教員たちの出る杭の苦悩がにじみ出ていた。

聖学院中高を代表して、本校国語科教員の実践報告の時間があった。報告の進行とともに広い会場は静かで真剣な時が流れ始めた。結果として生徒皆を「出る杭」にするのがテーマである<アクティブラーニング>であり<プロジェクトマネジメント>であった。狭隘な日本社会をグローバル化するにはみんなを「出る杭」にすればいいのだというヒントがあった。日本に全く欠けているのはリスペクトの心だが、みなを出る杭にすればいい。皆をプチ集団のプチリーダーにすればリスペクトが醸し出される。

タゴールさんがいう人類最大の贈り物である互いのリスペクトが息づいている世界には戦争は不要だ。それは凶暴な出る杭だ。それは打とう。