これからの予定

*春休みの課題(18日、ガイドプリント配布予定)
①課題図書『沖縄「戦後」ゼロ年』(NHK出版 目取真俊)
 新年度開始早々、テストを行ないます。
②沖縄レポート
情報科3学期集中授業とのコラボ課題
③小論文作成
「東京大空襲」とあなたの興味・関心を関連させて600字程度の小論文として書きなさい。
新年度より本格的に沖縄の歴史や基地問題に取り組んでゆきます。

*3月18日(木)…生徒による「東京大空襲」集中講義

生徒感想Ⅳ

元木キサ子先生講演会
生徒感想抜粋

*戦後におこった戦争関連のさまざまな問題に、まだ具体的ではないけれど、協力できるように今の“学び”を大切にします。
*「大震災の時と同じ太陽」ということばに被害にあった全ての人達の気持ちが自分の心の中に流れ込んでくるような気がしました。
*夕日をいつまでもきれいに観られる世界にしたい。
*戦争には犠牲がつきものだということを心に留めて生きてゆこうと思います。
*実際に戦争を体験した人の話を聞くと、自分の中で考えていた戦争のイメージとは全く違い、ものすごく人間という生き物の醜さを思い知らされました。
*戦災孤児の孤独や悲しみが伝わってきた。ドイツなど他の国は全ての国民に対して補償をしているのに、日本は一部の人しか補償していないのはおかしいと思う。
*僕たちが戦争について知る事は「勉強での知識」がほとんどです。しかし、経験者からの話を聞くなど、勉強以外で戦争の知識を増やしてゆき、将来に活かしたいです。
*65年前のことだとはとても思えませんでした。あんな悲惨な経験をされた方が、今現在、生きておられてお話が聞けるのは貴重な経験だと思った。
*戦争というトラウマを一生引きずりながら、前を向いて生きてゆく元木さんがとても強く大きく見えます。
*今も3月10日には、橋に行って先に逃げてすみませんと言っていることを、一番覚えている。
*空襲にあっても力強く生きている元木さんに元気をもらった。
*「何も考えることができなくなってしまった」とおっしゃっていたのを聞き、改めて戦争の残酷さを考えさせられました。
*現在、アメリカをどう思いますか。そして、そのアメリカの助けを受けている日本をどう思いますか。
*東京大空襲は今から65年前の、自分の祖母がもう生まれていた時代のことだ。そう考えると、それほど遠い過去のことではないような気がする。現在でも、こうして後世に伝える方々がご存命であることが素晴らしいと思う。自分が実際に空襲を体験した方の話を聞けることが本当に幸せであると思う。元木さんは「意地悪な人ほど親切にしなさい」というお父さんの言葉が今でも印象に残っているとおっしゃっていた。僕は今まで意地悪をされたことが数少ないので、あまり良くわからないけど、なぜお父さんはそう言ったのか。いつかこのことばの意味を理解することができたらと思う。そして、戦争とは何か?元木さんはこうおっしゃっていた。「戦争とは平和なときには想像もつかない人間の裏の世界」やはり、戦争は人が行なったことであり、人が死んでゆくことであるので、自分が人である限り知らなければならないことだ。そして、その知識を他の人達に伝えてゆく必要のあることだと思う。今日は本当に貴重な体験だったと思う。

昨年12月のDVDからはじまり、書籍や講演を通して東京大空襲について学習を深めてきました。知れば知るほど、戦争は悲惨なものでした。ただ、誤解を恐れずに言うならば、それは小学校などで学習する戦争への第一歩ではないでしょうか。我々はもう高校生なのだから、更に高いレベルで戦争を捉え、この経験を将来に活かさなければなりません。
 そこで、来る3月18日終業式後、諸君の仲間がアメリカ側からの東京大空襲を講義します。この空襲の作戦にはじまり、B29の構造や焼夷弾などがレクチャーされます。
3月9日も普段と変わらず生活が営まれていました。しかし、海の向こうでは着々と空襲の準備がされていました。そして、寝静まった深夜、東京湾上空には無数のB29が飛行していたのです。もしかしたら、今どこかの国で着々と準備が進められているかもしれません。それがありえないなどとは誰も言えません。911の同時多発テロも同様でした。
戦争は悲惨なものだからしない、という考えだけではなく、戦争の本質をより捉えて自分の戦争観を持ってください。そして、戦争はこんなものだからしない、となってもらえれば幸いです。もちろん戦争は東京大空襲だけではありません。これからは日本の捨て石とされた沖縄について学習してゆきます。

生徒感想Ⅲ

『空襲に追われた被害者たちの戦後 東京と重慶 見えない記憶』(岩波ブックレット 沢田猛)
生徒感想抜粋

*今まで日本が被害者的な感じだったが、重慶に日本が空襲していたと知って戦争の見方が変わった。
*現在、進んでいる被害者と政府間の争いも被害者の高齢化だけではなく、政府も次々と人が変化し、世代の壁が問題の解決をどんどん遠ざけている。このような時間を急がせる数々の問題が人々を混乱させ、大きく言えば、戦争へと発展していくのではないかと思った。
*被害者がいくら訴えかけても、国が聞く耳を持っていないことはありえないと思った。
*戦争のことはもう何十年も前に終わっているものだと思っていたけれど、今もまだその当時の人達が闘っていると知って驚いた。
*本土空襲による日本の被害者側としての側面は教育においても語られる真実だが、軍が中国を空襲したというなかなか知る機会のない、または伏せられているのかはわからないが、真実があることがわかった。日本は敗戦国としてのイメージが大きいが、日本の行為は敗戦国であっても許されないことだと思った。
*自国だけではないということをもっと知っておくべきだと感じました。
*重慶でも同じようなことをして、東京でも同じようなことをされて、両方を体験した日本は、お互いの気持ちがわかると思うので、それを語り継ぐことが国際平和の役に立つのではないかと思いました。
*この本を読んで当時の戦争で苦しんでいたのは日本だけではないことがわかった。たとえ国が違っても戦争がいかに恐ろしくて、残酷で、なおかつ二度と起きないでほしいという気持ちは国境を越えて一致団結していると思った。また、どうして日本はあの苦しい思いをした人々の願いを聞けないのかと不思議に思う。
*城森さんの父親と教会の牧師やキリスト教関係者が「戦争が終わったら平和な日本を作ろう」と話し合っていたところに感動しました。

生徒感想Ⅱ

『3月10日、家族6人を失う さらに少年兵の兄まで』(本の泉社 亀谷敏子・早乙女勝元)
生徒感想抜粋

*3月10日は自分の誕生日だ。65年前のこの日に、このようなことがあったのは衝撃的だった。
*江東区は地元で、三ッ目通りや小名木川、荒川、隅田川などは自宅から30分圏内にあります。だから、本の中身がすごく身近に感じました。自宅近くで空襲があったと考えると恐ろしいです。
*園児の時、祖父に話を聞きました。その頃は幼かったから覚えていませんが、改めて本を読んでみたらあまりにも残酷すぎて何も考えられなくなりました。この時代は簡単に人を殺せてしまうのだと思いました。
*死体を処理する人達にも人間味があるように感じられた。
*生きる気力や痛み、感情を持たない人形のようになってしまう気持ちが分かる。
*幼い頃、「人が死ぬと星になる」というセリフを何回も聞いたので、その悲しさを共有したような気分になった。
*死体が運ばれて、家族との会話のない対面がすごく辛いと思った。
*もし自分がその場にいたら、誰の指示を冷静に聞けばいいのだろうか。
*被災者は、やはり今でも思い出すのだろうか。
*被災者はなぜ話す気になったのだろうか。
*ただでさえ心にキズを負っているのに、さらに思い起こすのは良くないと思うので、あまり聞かない方が良いのではないか。聞くのが悪い気がしてきた。
*改めて「戦争」が怖くなった。僕の知っている「戦争」と体験者の語る「戦争」は、全く違うモノだと感じた。
*簡単に「10万人が死亡」と書かれているが、それには一人ひとり人格も、夢も、人生があったということを今はじめて感じた。
*空襲の時、アメリカ人の顔を見たと書いてあった。人の命を奪っている顔はどのようなものだったのか。
*戦争を行なうルールではなく、戦争をしないルールができればよいのだが、どこか一つでも武器を持っていることで、それは無意味になるのだと思う。
*戦争はほんとうに恐ろしい。こうして先人達が経験したことを聴き、後世に伝え、残すことはほんとうに大切なことだと思った。戦争で生き延びた人達は親戚の家に行ったとしてもとても酷い扱いを受けていたことを知って、皆、必死に生き延びようとしていたことに心を動かされた。
*国家は被災者にまだ謝罪と補償をしていないのに驚きました。また、なぜアメリカは国際法違反しても罪がないのだろうか。
*被災者には悪いが、死者のいない戦争はありえない。その中で、死んだ生きたで騒ぐだけ無駄だと思う。非戦闘員を攻撃する米軍部もどうかと思うが、日本もやったことだ。自国の被災者のみに目を向けることだけを戦争学習とするのはどうなのか。

生徒の感想

『NHKスペシャル 東京大空襲60年目の被災地図』
生徒感想抜粋

*加害者であるアメリカ軍も被害者のような気がする。
*江東区は地元であり、出てきた地図のほとんどを知っていた。発熱した時、お世話にな
った本所病院(現、都立墨東病院)の方たちが、大空襲で逃げ惑う事実を知らなかった。
*人を殺しても何も解決しない。
*「子どもを守るのが親の仕事なのに守れなかったことが辛い」ということばは胸に突き
刺さった。
*今まで大地震や火災などがあった時、自分だけは助かりそうだと思っていた。しかし、
東京大空襲ほどの大規模な火災で助かることはほとんど奇跡に近いと言うことを知った。
*大空襲で被害にあった方がいるから、今の自分があると思った。生きていることだけが
どれだけ素晴らしいかがわかった。
*初めて知った事はたくさんある。少し戦争の知識が増えたからといって、僕たちが知っ
たように語るのは本当に失礼なことだ。戦争を体験していない僕たちは、二度と過ちを犯さないことが使命だと確信した。
*人間が人間に対してこんなに残酷になれるのかと思った。
*アメリカの戦術が完璧に練られていたことを初めて知った。
*戦争とは、人道的なこと、政治的なこと、経済的なことなど、様々な点で、正しいのか、
正しくないのかを見ると答がすぐに出せないことだと思った。
*襲撃地点や被害予想範囲など、綿密に計画されていたことをはじめて知った。それが決
定した時点で、すでに東京の10万人もの運命が決まっていたと考えると、悲しみと同時に戦争に対する怒りさえも感じた。

これまでの取り組み

2009年12月2日
DVD『NHKスペシャル 東京大空襲60年目の被災地図』
2010年1月20日
書籍『3月10日、家族6人を失う さらに少年兵の兄まで』
(本の泉社 亀谷敏子・早乙女勝元)
2010年1月28日
書籍『空襲に追われた被害者たちの戦後 東京と重慶 見えない記憶』
(岩波ブックレット 沢田猛)
2010年2月17日 東京大空襲被災者 元木キサ子先生講演会
2010年3月18日 生徒による「東京大空襲」特別講義(予定)

2009年12月5日発行学年通信記事より

平和というのは本当に大切なものだと思います。遊んだり、喧嘩をしたり、恋をしたり、平和な日常が続いているからこそできることだと思います。その平和を守っていかなければならない。私たちにはその責任があります。その責任とは誰に対しての責任か。もちろん、これから生まれてくる限りない未来の命に対してであります。そして、もう一つ。平和な世の中を見ることなく亡くなっていった過去の命に対しても、私たちはこの平和を続けていく責任があるはずです。では平和を守る、とはどのようにしていけばいいのでしょうか。
 平和を守るということは、それはつまり「平和」とは何なのかを知るということから始まるのだと思います。だってそうでしょう?守るべき物事について知らなければ、それをどうやって守っていいのかわかるはずがありません。しかし、ただ「知識」を得るというだけでは、不十分であります。私たちが知っていかなければならないのは、言葉にならないこと、文字にできないこと、人の心の奥に響きわたるような感情であるべきです。そういう「言葉にできない感情」に「名前」をつけるために私たちは、さまざまなことを知ろうとするのです。いや、知ろうとしなければならないのです。
どうか、これからはじまる平和学習を通り一辺倒の「悲しかった」「驚いた」という言葉で簡単に片付けないでください。簡単に言葉にするのではなく、考えて、考えて、身もだえするほど考えて、その末に「自分の言葉」として、口外に発してほしい。そういう「感情の奥から出てきた言葉」にこそ、その人の命は籠もっているはずです。
沖縄平和学習がんばっていきましょう。