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校長プロフィール

  • 角田 秀明(つのだ ひであき)
    埼玉大学教育学部(中学校課程)卒業後に1974年より聖学院中学校・高等学校の英語科に勤務。一時休職し、米国ワシントンD.C. ジョージタウン大学大学院応用言語学修士課程に入学、同大学院修士課程修了後は聖学院に復職。以来、高等部長を16年間、副校長を3年間務め、2016年3月に41年間在職した本学院を退職。その後は学校法人聖学院の理事を務め、2017年4月より第12代校長として着任。

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  1. 2018.07.14

    人間は神の作品

    少し早めですが、本校では今日一学期の終業式を執り行いました。式辞の中で一学期の振り返り(リフレクション)について触れました。中学1年生は既に期末考査後に学年でそのワークを行いました。4月以前にはできなかったことも一学期の終わりにはできるようになったことを数え上げて、互いに認め合い、励ましあうプログラムでした。先日図書館から「パパは脳研究者」(池谷裕二著)を借りて読みました。これは脳科学者の著者が育児の奮闘を綴ったものですが、赤ちゃんが生まれて3歳になるまで何がいつ初めてできるようになったかを感動と喜びで記録したものです。「ハイハイができるようになった」、「最初にしゃべった言葉」、「文字に興味津々」等、初めてできるようになったことを細かく記録しています。生徒についても注意して見ていれば成長した点に気づけると思います。神様が既に一人ひとりのDNAに必要な能力を書き込んでおられ、時が来れば能力が発現するようにデザインされているからです。

    「私は恐ろしい力によって驚くべきものに造り上げられている。御業がどんなに驚くべきものか 私の魂はよく知っている。」(詩篇139編14節)

  2. 2018.06.27

    人間だけに埋め込まれたDNA

    王子の飛鳥山公園の麓の歩道600メートルにわたってアジサイが満開で丁度見ごろを迎え、見る人の目を楽しませてくれています。もちろん、アジサイは人から見られようと見られまいと精一杯咲いています。私たち人間もそうありたいものです。人に見られようと見られまいと精一杯自分の賜物を生かし切る一日一日を生きたいものです。
    新約聖書マタイの福音書にイエスキリストの山上の説教の言葉を思い出します。
    「今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装って下さる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。」
    また、詩篇102編には、『主を賛美するために民は創造された』とあります。人間は創造主なる神と向き合い、賛美するように造られたのであり、それがすべての人間にDNAとして埋め込まれているというのです。
    どのようにして神を賛美し喜ばせることができるのか、神は私に何を求めておられるのか? ── 答えは以下の聖書のことばにありました。
    「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリストイエスにおいて、神があなた方に望んでおられることです。」(テサロニケの信徒への手紙一 5章16~18節)

  3. 2018.06.11

    記憶に残る青春の1ページが刻まれた日

    5月31日、6月1日にそれぞれ中学、高校の体育祭が行われました。年に一度の体育祭は大切な学校行事です。自分の役割を十分に果たす時、間違いなく行事は人を育てる働きをしてくれるものです。生徒が作成した体育祭のマニュアルには “One for all. All for one” 「記憶に残る青春の1ページを」と書かれていました。
    確かに、卒業生の文集を読むと、多くの卒業生が学校生活で思い出に残る事柄として体育祭をあげています。クラスで力を合わせて取り組んだよい思い出が心に残っているのですね。そして、将来大人になって自分の子供に自分の体育祭の経験を楽しく、誇らしく語り伝えることができるならば本人自身にとって幸せなことであるし、子供からもリスペクトされるはずです。ここに中学3年生の感想を紹介します。
    「今回は中学3年でクラスのキャプテンとして学年優勝、総合優勝をつかむことができ、本当に嬉しく思います。クラスや先生方の協力に感謝です。また、これを通して一致団結、皆で一つの目標を達成するために努力し、頑張ることの素晴らしさを実感することもできました。これを機に、中学卒業に向けてより良いクラスになると思います。」

  4. 2018.05.31

    授かっている賜物を生かしている卒業生

    森友・加計問題や日大のアメフトの問題が日本中を騒がせていますが、生徒や子供たちがこれらをどう受け止めているのか心配しています。一日も早く、真実が明らかにされる事を願わざるをえません。
    さて、先週は本校卒業生の渡辺明さんの棋王就位式に出席してきました。渡辺棋王はこのタイトルを6連覇して、既に5連覇の条件を満たし永世棋王の称号を持っています。彼は竜王も9連覇し永世竜王の称号をもっており、複数の永世称号を持っているのは大山康晴、中原誠、羽生善治についで4人目となります。すごいことです。
    またこの時驚いたことがありました。それは最後の祝辞に立ったのが宮澤聡というというお笑い芸人で、実は彼も渡辺棋王の同級生で本校の卒業生でした。ジグザグジギーというお笑いコンビで相方と一緒に駆けつけてくれてコントを披露してくれました。卒業生が社会に出てから様々な分野で活躍し、人を喜ばせている姿を見て嬉しくなりました。

  5. 2018.05.22

    卒業してからも歌い継がれる校歌と賛美歌312番

     5月19日(土)に二つの同窓会がもたれました。一つはお昼に行われた「椎陵53会」と称する第53回生の同窓会。この方々は何と喜寿(77歳)を迎えられ、41名が元気に集まってこられました。賛美歌312番を声を合わせて歌い、食事をしながら出席者一人ひとりが短く近況を話して下さいました。また、出席できなかった方々からのメールによる近況報告もプリントされていました。高校を卒業して60年になろうとしている方々の嬉しそうな顔、顔、顔。終わりに校歌と賛美歌405番を合唱し、来年の再会を誓いました。
     もう一つは午後3時から本校講堂で行われた第91回生の同窓会。卒業20周年を覚えて企画されました。第一部の礼拝後、思い出の会をもちました。旧担任の先生方をお招きし、既に亡くなられた先生方の生前の動画や写真を見て偲ぶ時をもちました。中には卒業して初めて学校に来たという卒業生も数名いました。彼らは2000年に完成した今の校舎・講堂が建設される前に卒業した方々です。一人ひとり懐かしい思いを胸に声を合わせて校歌と賛美歌312番を歌いました。母校聖学院によって結びあわされ、皆の心に消えることなく息づいている仲間の絆の強さを思わされました。

  6. 2018.05.12

    卒業生との出会いの場 “MANNABASE(マナベイス)”

    本校には本館3階ラウンジにMANNABASE(マナベイス)という素晴らしい自習スペースが生徒のために用意されています。放課後、宿題や自学自習ができるだけでなく、本校の卒業生の「大学生チューター」が毎日1、2名立ち寄ってくれて、授業でわからないところや部活のことなどの質問や相談にのってくれるのです。きわめつけは、中間考査1週間前には「出張MANNABASE」という中1生徒対象の特別サービスが中1C組の教室で行われます。初めて中間考査を経験する中1生徒のための中間考査対策勉強会です。聖学院生による聖学院生のための学習基地と言えます。ここでも、新しい出会いが起こされるでしょう。

    ちなみに、MANNAとは旧約聖書の出エジプト記16章に出てくるマナからとられました。エジプトで400年間奴隷であったイスラエル民族をモーセがエジプトから脱出させ、40年間荒野を旅したとき、食べ物がなく不平を漏らした民に神様が毎朝その日に必要なだけマナを降らせ、空腹を満たしたという記録からとられました。

  7. 2018.04.28

    教育理念を謳う校歌

    昨日4月26日の東京新聞の「筆洗」に「歌は二番から先がいい」という書き出しの面白い随筆が掲載されていました。昭和の流行歌を愛したある演出家によると、一番の歌詞は、テーマに沿って状況や登場人物を描写しないといけない。心情に深く立ち入るのはその先だから「しびれる文句」は二番、三番にあるという。西条八十作詞の名曲「蘇州夜曲」や「青い山脈」なども二番、三番に強く惹かれるという。なるほどと納得させられた。ふと、由木康作詞の校歌の歌詞を思い浮かべると、確かに二番、三番に本校の教育理念が見事に表現されていることを再認識し、なぜか嬉しい気持ちになりました。実に多くの人が「仲間と担任との強い絆を感謝し、人のために働きたい」と卒業文集に書き残したこの3月の卒業生が、校歌に謳われている聖学院スピリットを身に受けて、幸せな大人になってくれたら嬉しいなと思いました。
    本校校歌
    二番 「学友むつみ 師弟なごむ はえある気風 おほしたてて 愛と奉仕の 園をつくる これぞ我らの日ごとの作業 聖学院」
    三番 「ここにて学ぶ真・善・美を 一つの聖にすべくくりて 神と人とにささげつくす これぞわれらの 貴き使命 聖学院」

  8. 2018.04.18

    思いやりの心が育つ学校

    キリスト教に基く人間教育に力点をおいた本校の学院生活を終えて巣立っていった卒業生と保護者の方が語ってくださったことばを紹介します。

    ●昨年卒業して千葉大医学部に進学した卒業生のことば。

    「私は医師を目指しています。医師とは技術だけでなく、人を思いやる心も大切な仕事だと考えています。聖学院の生活は礼拝が中心にあり、クラスメイトとのつながりが濃密で人を思いやる心も学びます。」

    ●今年の3月に卒業した生徒の保護者のことば。

    「長男は野球部に6年所属しました。足の怪我をおして出場した息子の最後の試合は、外野を守っていた後輩がチームのコールド負けを防ぐべくヒット性のライナーを果敢にダイビングキャッチを試みるも捕球できず敗戦という結果に。コールド負けが決まった直後、ファーストを守っていた息子は、足をひきずりながら、守備位置から動けずにいたその後輩を迎えに行ったんです。仲間を思いやれる人間に成長した息子の姿を見たとき、聖学院に入学させてよかったと心から思いました。」

  9. 2018.04.12

    コペルニクス的転回・パラダイムシフト

    4月6日に午前中に中学校、午後に高等学校の入学式を行いました。本校の6ヶ年一貫教育を選び取って下さった151名の新入生と保護者の方々を心から歓迎いたします。人生、すべて起こったことに意味があり、本校の入学も一人ひとりにとって神様の選びと許しがあったのだと受け止めています。入学式の式辞で、哲学者カントが使ったコペルニクス的転回のお話をいたしました。
    天文学者コペルニクスが地球中心の考え方(天動説)ではどうしても解決できなかった天文学の問題を、視点を変えること(地動説)によって、すべて解決し説明ができたように、自分中心の考え方から、神様を中心とした見方、生き方にシフトすることによって、悩みや問題の解決の糸口が見えてくることが多々あると思います。私たちは宇宙の中心ではありません。
    「我らは神の中に生き、動き、存在する」(使徒言行録17章28節)

  10. 2018.03.29

    「信仰によってまだ語っています。」

    去る3月24日、昨年暮の12月27日に88歳で天に召された本校の第8代校長であられた故・林田秀彦先生の記念会を行いました。1980年4月~2000年3月まで20年の長きにわたって本校の校長として立ち続けてこられました。約300名の旧教職員・卒業生・法人関係者の方々がご参集下さり、第1部では女子聖学院校長・聖学院院長をされた小倉義明先生に礼拝の説教をしていただきました。林田先生の著書からとった「満ち溢れる器」という題名の説教を聞きながら、会衆一同、生涯を神様に捧げ尽くされた林田先生の足跡を共に辿る豊かな恵みの時を与えられました。
    第2部では20年間林田校長を補佐された校務部長・副校長の真田幸男先生と同窓会長の金子健太郎様が林田先生の思い出を語って下さいました。記念会後、皆様から「よい会でした。」と喜んでいただけて、ホッとすると同時に神様に感謝しました。
    「アベルは死にましたが、信仰によってまだ語っています。」
    (ヘブライ人への手紙11章4節)

     

     

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