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校長プロフィール

  • 角田 秀明(つのだ ひであき)
    埼玉大学教育学部(中学校課程)卒業後に1974年より聖学院中学校・高等学校の英語科に勤務。一時休職し、米国ワシントンD.C. ジョージタウン大学大学院応用言語学修士課程に入学、同大学院修士課程修了後は聖学院に復職。以来、高等部長を16年間、副校長を3年間務め、2016年3月に41年間在職した本学院を退職。その後は学校法人聖学院の理事を務め、2017年4月より第12代校長として着任。

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  1. 2019.01.07

    インマヌエルの年・2019を迎えて

    皆様、新年おめでとうございます!2018年を感謝をもって振り返り、その土台の上に2019年の新たな一歩を踏み出せることを感謝します。感謝することによって、私たちは自分の過去との正しい関係を獲得し、感謝することの中で、過ぎ去った過去は、現在にとって実りのあるものとなるのではないでしょうか。聖書のテサロニケの信徒への手紙1の5章18節に次のような聖句があります。「どんなことにも感謝しなさい。」例外がないのです。文字通り「どんなことにも」という視点で物事をみて感謝するお奨めです。
    新年の年賀状では昨年のクリスマスに与えられたインマヌエル(神我らと共にあり)の祝福を祈願させていただきました。恐れることはないのですね。いつもインマヌエルの主が共にいてくださるから。

    幸福に浸っているときも インマヌエル
    無念な思いにうめいているときも インマヌエル
    健康を満喫している時も インマヌエル
    病弱に消沈している時も  インマヌエル
    死の宣告を受けている時も インマヌエル
    四面楚歌・非難攻撃を受けても  インマヌエル
    (戸田伊助)

  2. 2018.12.20

    インマヌエル「神は我々と共におられる」

    神の子イエス・キリストのご降誕をお祝いするクリスマスを待ち望む待降節第3週目を過ごしています。今やクリスマスは日本中でお祝いされるほどに定着し、楽しい行事の一つとなりました。しかし、一方ではクリスマスの本当の意味が忘れられ、「教会でもクリスマスを祝うのですか?」という耳を疑う質問まで出るという笑い話(?)もあります。
    クリスマス・ツリー、柊(ヒイラギ)、リース(アドベント・クランツ)、樅(モミ)の木、サンタクロース、12月25日、その他、ほとんどのクリスマス関連の風俗は、聖書に根拠を持たないものばかりです。
    聖書に書かれている本当のクリスマスのメッセージは、「インマヌエル」です。「インマヌエル」とは、ヘブライ語で「神は我々と共におられる」という意味です。

    「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛して、私たちの罪を購ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。」(ヨハネの手紙、4:10)

    更に、「神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるため」でした。我々が神と共にいるのではなく、「神は我々と共におられる」のです。神が共にいてくださる。これ以上に心強いことはないですね。

  3. 2018.12.06

    女性は家庭の太陽!

    You are my sunshine という大変有名な英語の歌があります。その中に“You make me happy when skies are gray.”(天気が悪くてもあなたがいれば幸せだ)という歌詞があります。この歌は失恋の歌だそうですが、この歌詞から次のようなことを考えさせられました。
    ある意味、私たちは月のようなもので、もともとは暗く自分で輝くことはできませんが、太陽のような存在(神)が発する光を受けてはじめて夜空に明るく輝くことができる。その輝かせる光を人からもらおうとするとき、私たちは失望する運命にあります。人からの評価や称賛ではなく、自分が神の限りない愛によって愛されている特別な存在であることを知る(信じる)ことが輝ける秘訣だと思います。今日、神を見上げて神の光を十分に受け、あなた自身が明るく輝くことによって、周りの人が幸せにされ、その人がまた周りの人を幸せにしていきます。家族の中では、特に母親は”You are my sunshine”と呼ばれる存在で、家族全員の心を温めて、育んでくれる大切な役割を頂いています。そのような母親は特に「私の目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)という神の無条件のラブコールを、毎日聞きながら生きることが必要だと思うのですが。

  4. 2018.11.20

    卒業生との絆を豊かに感じる11月

    11月8日に昭和28年卒業の46回生の方が本校の事務所を尋ねて来られました。そして、メッセージと多額の寄付を置いていかれました。「戦後間もなく入学して、すぐに父親が亡くなり月謝の免除を受けました。そのお礼をずっとしたいと思っていました。」とのことでした。現在84歳ですが、さいたま検察審査協会でボランティアをしておられ、母校にそして社会のために今できることをしていますとのことでした。
    11月16日に54回生(昭和36年卒)、翌日の17日には60回生(昭和42年卒)それぞれの同期会が行われました。60回生は古希を迎えられました。同期会で恒例の賛美歌312番を合唱すると皆さん一気に18歳にタイムスリップしていくようです。この学年は何と6クラス358名でした。1クラス59.6名が平均となります。ちなみに、現在中学1年生は5クラス150名です。この同窓生のお一人が当時の「聖学院新聞」、「同窓会だより」「授業料納入票」などを保存していてくださり、学校の資料として活用してもらえたらと数日後に寄贈してくださいました。今月は同窓会の方々からたくさんの恵みをいただきました。
    「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」(テサロニケの信徒への手紙 一 5章16~18節)

  5. 2018.11.06

    記念祭は人間力のΣ(総和)

    11月3日、創立112周年記念祭を感謝の内に終えることができました。今年の記念祭のテーマは「結-今までにないものを-」でした。クラブやクラスの地道な研究と準備による成果の発表に加えて、エンターテインメントの要素もたくさん盛り込まれていましたので、生徒自身はもちろん、本校の記念祭を見学に来られた保護者、後援会、同窓会の方々や受験生・保護者の方々にも喜んでもらえたのではないでしょうか。
    まさに、「よろこべば、よろこびが、よろこんで、よってくる」(柳家一九)現象です。
    創立から今日まで16,915名の先達によって聖学院の魂Only One for Othersの襷が引き継がれて来ました。今回その襷を受け取った私たち生徒・教職員は、この誇りある襷を来年にしっかりと繋げ、聖学院の新たな歴史の1頁を書き加えるという希望を与えられました。
    記念祭は点数化できない「人間力」のΣ(総和)と言えます。一人ひとりが果たすべき役割をやり切る先にゴールが見えてきます。これまでの準備に時間とエネルギーを注いできた仲間同士の間では、この記念祭の経験が卒業後に自分を励まし、友との絆を思い起こさせる心温まる思い出となって一人ひとりの心に生き続けることでしょう。それはこの経験を共有できた仲間への神様からの特別な贈り物なのです。
    記念祭は実に「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」が実を結んでいる現場と言えます。

  6. 2018.10.22

    5者の精神

    本校では教員の授業力向上を目指して、教員間で互いの授業を見合い、その後に感想や気づきを共有することにしています。教員は生徒のやる気を100%引き出す授業を目指して1回1回の授業に試行錯誤の試みと工夫を加えています。授業においては「学習する空間」づくりが教員の仕事であり、その空間は自分に自信を持つと同時に、仲間の大切さを知る共有空間と言えます。その「学習する空間」づくりに携わる教員は5者の精神を持つべきだといわれます。その5者とは?
    1.学者…膨大な知識を身に付ける必要性
    2.役者…相手を引きつけ、魅了する力
    3.易者…相手の不安を取り除く力
    4.芸者…学びの場を楽しみに変える力
    5.医者…相手の性格やタイプを見抜く力
    教師たる者、上記の5つの要素を統合して、それをプロのレベルで達成できるようになるための研鑽を日々重ねる覚悟が求められます。
    「わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。」 (フィリピ3:12)

  7. 2018.10.12

    自分の心を守る

    高校三年生の来年度指定校・公募制大学推薦入試志願者対象の校長面接を始めました。朝、昼、放課後に分けて一日5名前後と面接をします。面接で必ず尋ねることは、本校での6年間で一番心に残っていることは何かということです。皆、高いレベルの推薦基準を満たしている生徒ですが、彼らの口から出る言葉は、部長或いは副部長として6年間続けたクラブ活動のこと、成績が伸び悩んで挫けそうになっていたときに声をかけて支えてくれた仲間のこと、体験学習での気づきから大学での研究テーマが見えてきたことなどです。
    彼らの話を聞いていると、彼らが6年間の中で「自分の原点」となる確かな経験をしているという事実、そして、それを心にしっかりと保っており、かりに将来人生で行き詰まったり、挫折しそうになったときに立ち返り、そこから再び勇気をもらって立ち上がることができる「自分の原点」を心にしっかり持っているということが伝わってきて頼もしく感じました。
    「何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある。」(箴言4章23節)

  8. 2018.09.22

    自分の体験を語る

    昨夜まで降り続いていた雨が上がり、今日はクラブ体験を目玉にした学校説明会を行いました。雨のためグラウンドで行う野球部やサッカー部などのクラブ体験が危ぶまれていましたが、予定通りグラウンドで行うことができました。感謝でした。お陰さまで554名の受験生・保護者の方々がご来校下さいました。昨年同期の111%増でした。今日の説明会の特筆すべきことは、在校生の大いなる活躍のお陰で、ご来校いただいた受験生・保護者に今日のプログラムを喜んでいただけたことです。
    例えば、まずオープニングは吹奏楽部の歓迎演奏で始まり、映像を紹介しながらの3名の生徒会役員による学校生活のトーク、3名の生徒によるタイ研修報告、そして、12クラブのクラブ体験におけるサポート、学食体験等、実に876名の全校生徒のうち、160名もの生徒がボランティアで休みの日に登校してくれて学校説明会に力を貸してくれたのです。その結果、お帰りになる方々がほぼ全員楽しい一日だったと感想を述べて下さり、来る11月3日の創立112周年記念祭にも来たいと言ってくださいました。文字通り、教職員、生徒が一丸となって学校説明会を成功させたのです。生徒諸君は自分の体験と人との関わりをありのままに紹介してくれました。そのような生徒を見て内心誇らしく思いました。

    「わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。」(使徒言行録4章20節)

  9. 2018.09.06

    日々心に蒔いている種は?

    二学期が始まりました。約900名の生徒・教職員が再び講堂に集まり、声を合わせて賛美歌を歌い、聖書のみことばに耳を傾けることができる幸いを感謝します。
    始業式では、電気自動車やスマホなど便利な機器を例に挙げて、人間も日々充電をしていなければ無力な電池切れの状態になり元気に動くことができなくなる話をしました。
    私たちが、瞬間瞬間、何を考えるかはとても大切なことです。いつも喜びの種を心に蒔いて、そこから感謝の実を刈り取り、感謝することが習慣になっている人は、寛容・親切・善意などがその人の品性の一部となるでしょう。しかし、いつも不満を心に宿している人は、何かと言えばすぐに不平を言ったり、怒ったりするようになります。不平や怒りが習慣になると、恐ろしいことですが、恨み・憎しみなどがその人の品性の一部になってしまい、ついには、惨めな結果を刈り取ることになってしまいます。
    必ず収穫の時が来ます。大切なのは、「その時が来る」と信じてあきらめないことだと思います。
    「善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります」(ガラテヤの信徒への手紙6章9節)。

  10. 2018.08.21

    口で公に言い表して救われる

    8月15日は、73年目の終戦記念日でした。日本人にとって、また日本に住む全ての人々にとって、この日は、過去の戦争のことを顧み、深い反省と共に、平和への思い、願いを新たにする日です。8月6日の広島、9日の長崎のそれぞれの原爆を含め、戦闘、伝染病、飢餓等により310万人の日本人がこの大戦で命を落としたと言われます。亡くなられた方々の背後には家族がいたことを思うと、悔しさと悲しみの叫びが日本中を覆い尽したと言えるでしょう。戦争のことは語りたがらない人が多い中、残された地上の生涯を考えて、今語り伝えなければと重い口を開いて下さる方々が起こされていることは有難いことです。また、数十年もの間、誰にも語ることなく心に秘めていた体験をことばで言い表すことによって「救われる」ことも起こるのではないでしょうか。8月は特に命の大切さをしみじみと思わされる月です。
    「わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。」
    (使徒言行録 4章20節)

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