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校長プロフィール

  • 角田 秀明(つのだ ひであき)
    埼玉大学教育学部(中学校課程)卒業後に1974年より聖学院中学校・高等学校の英語科に勤務。一時休職し、米国ワシントンD.C. ジョージタウン大学大学院応用言語学修士課程に入学、同大学院修士課程修了後は聖学院に復職。以来、高等部長を16年間、副校長を3年間務め、2016年3月に41年間在職した本学院を退職。その後は学校法人聖学院の理事を務め、2017年4月より第12代校長として着任。

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  1. 2019.03.08

    信仰・希望・愛の種まき

    お陰様で、3月2日(土)をもって2018年度の毎朝の講堂における全校礼拝をやり遂げることができました。一学期の4月から169回にわたり礼拝が続けられ、聖書のみ言葉の種が蒔かれて参りました。
    聖書の中にイエスが話された「種を蒔く人」のたとえが載っています。これを読むと、神の言葉は豊かな地にたくわえられることを望んで、われわれのところに来ることがわかります。
    神の言葉は道端に落ちることを望んでいないのです。そこでは、悪魔が来て、信じて救われることのないように、言葉を奪い取ってしまうのです。
    神の言葉は石地の上に落ちることを望んでいないのです。そこでは根を張ることができず、「み言葉を聞いて、それを喜んで受け入れ、一度は信じるが、試練が来るとすぐに身を引いてしまう」のです。
    神の言葉は茨の中に落ちることを望んでいないのです。そこでは、「人生の思い煩いや富や快楽にふさがれて」、窒息し、実を結ばなくなるのです。
    全能なる神の永遠の言葉が私の中に宿るということ、種子が地に蒔かれるように私の中に蓄えられるということは何と不思議なことでしょうか。
    神の言葉は心の中にたくわえられるのです。神の言葉の目的は、われわれの心の中で神の言葉自体が躍動するようになることです。神の言葉を聞くということは、神の言葉が深くわれわれのうちに宿るようにすることです。神の言葉について多くのことを知っていても自分のうちに何も「たくわえられ」ていないならば、何にもならないのです。それよりは、少しでもよいから聖書をゆっくりと読んで、それがわれわれのうちに入り込むまで待つほうがよいのです。
    4月からの毎朝の全校礼拝で生徒が聖書の言葉を聞き、心に豊にたくわえて、み言葉がそれぞれの心の中で躍動する体験をさせていただければと願っています。

  2. 2019.02.21

    ライバル-自分を磨くために神様から遣わされた使者

    昨日2月20日、中高全校生徒は戸田市道満グリーンパーク陸上競技場に集合し、荒川彩湖コースで中学生5.2キロ、高校生7キロのクロスカントリーを実施しました。今年は気温が日中20度近くまで上昇するという4月の陽気のなか競技が行われました。生徒は3学期の体育の授業でこの日に備えて校内のランニングコース(1周470メートル)を一回当たり最大5週走りこんできました。
    中学、高校ぞれぞれでスタート時間に差をもうけて出発するのですが、前年度の記録更新や高い順位を狙う生徒はスタートライン近くに集まり、それほどモチベーションの高くない生徒は後ろの方に集まり、スタートの号砲とともに一斉にスタートを切りました。
    高校生の1・2位は昨年と同じ生徒でゴール直前まで競い合い、1位の生徒は23分20秒、僅か数秒差で2位の生徒がゴールしました。驚いたことは二人とも、昨年よりも記録を更新したということです。二人は自他共に認めるライバルであり、互いに刺激し合いながら1年間自己練習を積んでレベルを高めてきたのでしょう。ゴールしてから二人は笑顔で互いに言葉を交わしている姿が印象的でした。
    今回の二人の生徒を見ると、所謂、ライバル、好敵手とは自分を磨くために神様から遣わされる使者のような気がします。互いの存在を通して、目指す目標が心の底からやりがいを感じられるものかどうか、自分から最善のものを引き出し、その過程で自分の成長に力を貸してくれるかどうかを確認させ、遂には互いに高い水準に近づく努力を引き出す役割をしてくれているのですから。
    「人だれもが飲み食いし その労苦によって満足するのは 神の賜物だ」(コヘレトの言葉3章13節)

  3. 2019.02.05

    「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」

    ※表題はローマの信徒への手紙(12章15節)

    昨日をもって2月1日から4日間続いた中学入学試験が無事終了しました。全教職員が一丸となって入学試験に取り組みました。2月1日~2日は午前と午後、3日は午後のみ、4日は午前のみの計6回でした。初日は雪予報や、受験生や教職員のインフルエンザの影響を心配しましたが、全て守られ無事終了することができました。教職員が力と心を合わせて取り組んだ成果と感謝しています。
    一昨日合格発表を見にこられた父子が事務所前で二人とも目に涙を浮かべておりました。お父様も泣いていましたので「合格おめでとうございます。」と声をかけたところ、お父様は涙を拭きながら次のように仰いました。「昨日の1回目は不合格でした。心配のあまり私の顔の半面の神経が麻痺してしまい、このような状態です。でも、今回2回目の試験で息子が合格できました。ありがとうございました。宜しくお願いします。」息子さんも嬉しさと安堵で目に涙が溢れていました。ご家族上げて第一希望の本校の合格を勝ち取れた喜びを抑えることができなかったのですね。息子さんも丁寧に「宜しくお願いします。」と礼儀正しく挨拶をしてくれました。最後は笑顔になった親子に、「こちらこそ選んでくださってありがとうございます。」とお応えしました。この受験生はこれから聖学院でもっと大きく伸びるのだろうな、と思いました。

  4. 2019.01.22

    自分の置かれた場所で咲く

    先週の1月16日(水)、在校生対象に本校卒業生による特別講演会を行いました。今回の講演は第52回卒業の和田恵秀さん(78歳、本名:和田一壮)にお願いしました。この方は、本校を卒業し、俳優座養成所を経て劇団青年座に入団し、7年後に劇団現代を創立されました。そして、現在、俳優・声優・画家・漫画家・歌手・文筆家と幅広い分野で元気に活躍されておられる方です。自分の置かれた場所で精一杯生きておられる姿は生徒のみならず我々教職員にもよいモデルになりました。
    ご自身の描かれた「絵手紙で絵ッセー」という美しい画集を図書館に寄贈してくださいました。その中の一節に次のような言葉がありました。
    「だから必ず花に話しかけながら絵を描いていると必ず花は返事をしてくれる。そんなささやかな自然との触れ合いがどんなに心を癒し和ませてくれることだろう!『人間は、自然から遠ざかるごとに病気に近づく』という名言を残したのは、かの世界的な詩人ゲーテだが、今日本に限らず世界中の人たちに必要なのは、自然観を持ち、花を愛でる心ではないだろうか?花の命も、人の命も、命の重さは皆同じなのだから。」
    神が人にくださった贈り物が自然、それが人を癒し心に安らぎと喜びを与えて下さいます。
    「天は主のもの、地は人への賜物」(詩篇115編16節)

  5. 2019.01.07

    インマヌエルの年・2019を迎えて

    皆様、新年おめでとうございます!2018年を感謝をもって振り返り、その土台の上に2019年の新たな一歩を踏み出せることを感謝します。感謝することによって、私たちは自分の過去との正しい関係を獲得し、感謝することの中で、過ぎ去った過去は、現在にとって実りのあるものとなるのではないでしょうか。聖書のテサロニケの信徒への手紙1の5章18節に次のような聖句があります。「どんなことにも感謝しなさい。」例外がないのです。文字通り「どんなことにも」という視点で物事をみて感謝するお奨めです。
    新年の年賀状では昨年のクリスマスに与えられたインマヌエル(神我らと共にあり)の祝福を祈願させていただきました。恐れることはないのですね。いつもインマヌエルの主が共にいてくださるから。

    幸福に浸っているときも インマヌエル
    無念な思いにうめいているときも インマヌエル
    健康を満喫している時も インマヌエル
    病弱に消沈している時も  インマヌエル
    死の宣告を受けている時も インマヌエル
    四面楚歌・非難攻撃を受けても  インマヌエル
    (戸田伊助)

  6. 2018.12.20

    インマヌエル「神は我々と共におられる」

    神の子イエス・キリストのご降誕をお祝いするクリスマスを待ち望む待降節第3週目を過ごしています。今やクリスマスは日本中でお祝いされるほどに定着し、楽しい行事の一つとなりました。しかし、一方ではクリスマスの本当の意味が忘れられ、「教会でもクリスマスを祝うのですか?」という耳を疑う質問まで出るという笑い話(?)もあります。
    クリスマス・ツリー、柊(ヒイラギ)、リース(アドベント・クランツ)、樅(モミ)の木、サンタクロース、12月25日、その他、ほとんどのクリスマス関連の風俗は、聖書に根拠を持たないものばかりです。
    聖書に書かれている本当のクリスマスのメッセージは、「インマヌエル」です。「インマヌエル」とは、ヘブライ語で「神は我々と共におられる」という意味です。

    「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛して、私たちの罪を購ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。」(ヨハネの手紙、4:10)

    更に、「神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるため」でした。我々が神と共にいるのではなく、「神は我々と共におられる」のです。神が共にいてくださる。これ以上に心強いことはないですね。

  7. 2018.12.06

    女性は家庭の太陽!

    You are my sunshine という大変有名な英語の歌があります。その中に“You make me happy when skies are gray.”(天気が悪くてもあなたがいれば幸せだ)という歌詞があります。この歌は失恋の歌だそうですが、この歌詞から次のようなことを考えさせられました。
    ある意味、私たちは月のようなもので、もともとは暗く自分で輝くことはできませんが、太陽のような存在(神)が発する光を受けてはじめて夜空に明るく輝くことができる。その輝かせる光を人からもらおうとするとき、私たちは失望する運命にあります。人からの評価や称賛ではなく、自分が神の限りない愛によって愛されている特別な存在であることを知る(信じる)ことが輝ける秘訣だと思います。今日、神を見上げて神の光を十分に受け、あなた自身が明るく輝くことによって、周りの人が幸せにされ、その人がまた周りの人を幸せにしていきます。家族の中では、特に母親は”You are my sunshine”と呼ばれる存在で、家族全員の心を温めて、育んでくれる大切な役割を頂いています。そのような母親は特に「私の目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)という神の無条件のラブコールを、毎日聞きながら生きることが必要だと思うのですが。

  8. 2018.11.20

    卒業生との絆を豊かに感じる11月

    11月8日に昭和28年卒業の46回生の方が本校の事務所を尋ねて来られました。そして、メッセージと多額の寄付を置いていかれました。「戦後間もなく入学して、すぐに父親が亡くなり月謝の免除を受けました。そのお礼をずっとしたいと思っていました。」とのことでした。現在84歳ですが、さいたま検察審査協会でボランティアをしておられ、母校にそして社会のために今できることをしていますとのことでした。
    11月16日に54回生(昭和36年卒)、翌日の17日には60回生(昭和42年卒)それぞれの同期会が行われました。60回生は古希を迎えられました。同期会で恒例の賛美歌312番を合唱すると皆さん一気に18歳にタイムスリップしていくようです。この学年は何と6クラス358名でした。1クラス59.6名が平均となります。ちなみに、現在中学1年生は5クラス150名です。この同窓生のお一人が当時の「聖学院新聞」、「同窓会だより」「授業料納入票」などを保存していてくださり、学校の資料として活用してもらえたらと数日後に寄贈してくださいました。今月は同窓会の方々からたくさんの恵みをいただきました。
    「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」(テサロニケの信徒への手紙 一 5章16~18節)

  9. 2018.11.06

    記念祭は人間力のΣ(総和)

    11月3日、創立112周年記念祭を感謝の内に終えることができました。今年の記念祭のテーマは「結-今までにないものを-」でした。クラブやクラスの地道な研究と準備による成果の発表に加えて、エンターテインメントの要素もたくさん盛り込まれていましたので、生徒自身はもちろん、本校の記念祭を見学に来られた保護者、後援会、同窓会の方々や受験生・保護者の方々にも喜んでもらえたのではないでしょうか。
    まさに、「よろこべば、よろこびが、よろこんで、よってくる」(柳家一九)現象です。
    創立から今日まで16,915名の先達によって聖学院の魂Only One for Othersの襷が引き継がれて来ました。今回その襷を受け取った私たち生徒・教職員は、この誇りある襷を来年にしっかりと繋げ、聖学院の新たな歴史の1頁を書き加えるという希望を与えられました。
    記念祭は点数化できない「人間力」のΣ(総和)と言えます。一人ひとりが果たすべき役割をやり切る先にゴールが見えてきます。これまでの準備に時間とエネルギーを注いできた仲間同士の間では、この記念祭の経験が卒業後に自分を励まし、友との絆を思い起こさせる心温まる思い出となって一人ひとりの心に生き続けることでしょう。それはこの経験を共有できた仲間への神様からの特別な贈り物なのです。
    記念祭は実に「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」が実を結んでいる現場と言えます。

  10. 2018.10.22

    5者の精神

    本校では教員の授業力向上を目指して、教員間で互いの授業を見合い、その後に感想や気づきを共有することにしています。教員は生徒のやる気を100%引き出す授業を目指して1回1回の授業に試行錯誤の試みと工夫を加えています。授業においては「学習する空間」づくりが教員の仕事であり、その空間は自分に自信を持つと同時に、仲間の大切さを知る共有空間と言えます。その「学習する空間」づくりに携わる教員は5者の精神を持つべきだといわれます。その5者とは?
    1.学者…膨大な知識を身に付ける必要性
    2.役者…相手を引きつけ、魅了する力
    3.易者…相手の不安を取り除く力
    4.芸者…学びの場を楽しみに変える力
    5.医者…相手の性格やタイプを見抜く力
    教師たる者、上記の5つの要素を統合して、それをプロのレベルで達成できるようになるための研鑽を日々重ねる覚悟が求められます。
    「わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。」 (フィリピ3:12)

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