校長ブログ

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校長プロフィール

  • 角田 秀明(つのだ ひであき)
    埼玉大学教育学部(中学校課程)卒業後に1974年より聖学院中学校・高等学校の英語科に勤務。一時休職し、米国ワシントンD.C. ジョージタウン大学大学院応用言語学修士課程に入学、同大学院修士課程修了後は聖学院に復職。以来、高等部長を16年間、副校長を3年間務め、2016年3月に41年間在職した本学院を退職。その後は学校法人聖学院の理事を務め、2017年4月より第12代校長として着任。

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2020.01.08

2019年度3学期始業式 メッセージ

“「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい。体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。二羽の雀が1アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」
(聖書 マタイによる福音書10章26~31節)

新年おめでとうございます。2020年を皆さんと迎えることができました。嬉しいことです。2020年は東京オリンピックが行われます。7月24日~8月9日までの17日間です。皆さんも楽しみにしていることと思います。一方、競技に出場する選手は、日に日に期待と同時に不安や恐れで胸がいっぱいになっていることと推測します。

さて、ちょうど2週間前は12月25日でクリスマスを迎えていました。思い起こすのは、クリスマスの場面で、ベツレヘムの野原で羊の番をしていた羊飼いたちに主の告げたのは「恐れるな。私は民全体に与えられる喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ、主メシアである。」それに先立つマリアへの受胎告知でも「恐れるな」と告げられ、ヨセフもまた、天使から「恐れず、マリアを迎え入れなさい。」という天使からのみ告げを聞いたのでした。神の御子がこの世界のただ中に来て下さったのは、私たちから「恐れ」を取り除いて下さるためでした。

しかし、私たちは依然として恐れの中に生きているのではないでしょうか。私たちの生きている具体的な生活の中には大きな恐れ、小さな恐れがあります。恐れに取り囲まれて生きている、それが実際の姿ではないでしょうか。

わたしたちは人生で様々な困難に遭遇します。家庭内のこともあれば、学校でのこと、人間関係における辛くて嫌なこともあります。正に、青天の霹靂とでもいうべき病気がわかる場合もあれば、恐ろしい事故やトラブルに巻き込まれることもあります。それらに遭遇した時、当然、私たちはうろたえ、混乱し、パニックに陥りそうになります。その気持ちをだれかにぶつけないではいられないくらい苛立ち、爆発しそうになる。逆に落胆し、気持ちが塞ぎ、何もかも捨てて逃げ出したいような気持に駆られるでしょう。

今の手にしている幸せがいつまで続くのかという不安がある。人から自分が受け入れられているのかと恐れることもあります。あるいは、将来どうなるのか、自分の進路はどうなるのか、そういう様々な恐れを持ちながら生きているのが、私たちではないかと思うのです。

昨年12月17日に、白血病で入院していた水泳の池江璃花子選手がツイッターで次のように退院の報告をしました。
「2月から入院生活をし、約10ヶ月の月日が経ち、この度、退院することができました。辛くて長い日々でしたが、皆様からの励ましのメッセージを見て、早く戻りたいと強く思うことができました。入院中、抗がん剤治療で吐き気が強い時や倦怠感もありましたが、そんな時はとにかく「大丈夫、大丈夫、いつか終わる」と自分を励まし続けました。
オリンピックを目前に控えていた中、突然大好きなプールを離れ、失ったものが多いのではと思った方もいらっしゃると思いますが、私は病気になったからこそわかること、考えさせられること、学んだことが本当にたくさんありました。ネガティブ思考になる時もありましたが、まずは自分の気持ちをしっかり持たないといけないんだと思い、治療に励みました。オリンピックについてですが、2024年のパリ五輪出場、メダル獲得という目標で頑張っていきたいとおもいます。これからも応援よろしくお願いします。」

池江選手は自分の身に起こった辛い出来事としっかりと向き合い、多くを学ぶことができたと捉えなおしています。自分の身に起こった苦難をいかにして解決するか、解決までいかなくても、いかに乗り越え、更に言うならば、解決も乗り越えもできないけれど、問題を抱えつつ、問題と一緒に、どう生きていけるかが重要だと思います。私たちが人生で思いがけないことに直面し、戸惑い、自分を失いそうになる時、問題を捉えなおし、私たちがなお前に向かって進んでいくうえで、今日読んだみ言葉は大変大事な視座を提供していると思います。

冒頭の聖書に戻ります。「二羽の雀が1アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」
1アサリオンは当時の日当1デナリオンの16分の1の金額で二羽買えたぐらい、スズメは安かった。今の価値では500円くらいですから、一羽は250円になります。だが、その一羽さえ、神のお許しがなければ地に落ちることはない。神の支配下にある、あなたがたはスズメなどより遥かに神の目に尊く、神の子供とされているのだから。全知全能の神に信頼すればこの世の恐れから解放されるのです。

「神がおられるなら、どうしてこんなことが」と問いが発せられます。しかし、そうではなく、「神がおられ、全てが神の摂理の下にあるのだから、なぜこういうことが私の身に起こることを神は許されるのだろう」と、普段のどの時よりも自分を後ろに引いてよく考えたいと思います。

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