• HOME
  • 校長ブログ

校長ブログ

校長ブログ

校長プロフィール

  • 角田 秀明(つのだ ひであき)
    埼玉大学教育学部(中学校課程)卒業後に1974年より聖学院中学校・高等学校の英語科に勤務。一時休職し、米国ワシントンD.C. ジョージタウン大学大学院応用言語学修士課程に入学、同大学院修士課程修了後は聖学院に復職。以来、高等部長を16年間、副校長を3年間務め、2016年3月に41年間在職した本学院を退職。その後は学校法人聖学院の理事を務め、2017年4月より第12代校長として着任。

  • BLOG TOP

最近の投稿

アーカイブ

校長ブログ

  1. 2018.02.20

    感動をありがとう、「喜ぶ人と共に喜び・・・」

    平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックで日本選手が次々とメダルを獲得し、日本国内は勿論、世界に感動と喜びを巻き起こしています。人間の心、技、体が見事に調和した異次元のパフォーマンスを見守り、手に汗握る応援の先に待っていた押さえ切れない感動に心が震え、思わず感嘆の声をあげてしまったのは私だけではなかったでしょう。神様が与えて下さっている賜物の素晴らしさを見届けることが許された恵みを感謝します。これらの選手は自分に与えられた条件をギリギリまで生かすチャレンジを日々続けて来られたのだろうと想います。選手自身も私たちと共に次の詩編のことばに共感するのではないでしょうか。

    「わたしはあなたに感謝をささげる。わたしは恐ろしい力によって 驚くべきものに造り上げられている。御業がどんなに驚くべきものか わたしの魂はよく知っている。」

    (詩編:139編14節)

  2. 2018.02.05

    「恐れは逃げると倍になるが、立ち向かえば半分になる。」

    2月1日~4日に中学入試が行われました。本校では、初日の2月1日に試験が始まる前に受験生・保護者の方々への激励の会を持つのが慣わしとなっています。4~5分の短い時間ですが、講堂のステージに並び、生徒会役員と校長の激励のメッセージ、そして、チャプレンがお祈りをします。
    不安や恐れの気持ちをもっている受験生・保護者がもう一度目を上げて不安の気持ちにうち勝ち、恐れに立ち向かい、もてる実力を発揮してもらいたいと思うのです。受験するのは受験生自身ですが、自分の背後には保護者をはじめ小学校・塾の友達や先生などたくさんのサポーター、そして何よりもすべてを導かれる神様が応援してくれていることを思い出すならば、きっと落ち着きと勇気が与えられるはずです。表題はウィンストン・チャーチルの名言と言われています。そして、聖書には更に力強い約束のことばがあります。
    「恐れるな、わたし(神)はあなたの行くところどこへでもあなたと共にあるからだ」
    (ヨシュア記1章9節)

  3. 2018.01.23

    「受けるよりも与える」チャンスを見つけよう!

    1月8日(月・祝日)夕方5時から本校の講堂で成人を迎えた卒業生対象に成人感謝礼拝を行いました。第109回生143名のうち96名が出席しました。その時、成人になったということは「受ける、してもらう」子供の立場から「与える」大人の立場に変わっていくことですねというお話をさせていただきました。聖書には「受けるより与える方が幸いである。」(使徒行伝20:35)という不思議な言葉があり、キリスト者に限らず沢山の方々に感銘を与えて来ました。しかし、仏教の教えにも「無財の七施」という教えがあります。お金がなくても、物がなくても、周りの人々に喜びを与え、少しでも喜んでいただける具体的な方法について教えています。

    1. 眼施(ゲンセ)・・・慈しみのまなこ。優しい目つきで接する。

    2.和顔施(ワゲンセ)・・・いつも穏かな顔つきで接する

    3. 言辞施(ゴンジセ)・・・思いやりのこもったことばをつかう。「ありがとう」「ごめんなさい」

    4. 身施(シンセ)・・・自分の体で奉仕すること。人のいやがる仕事でも喜んで、気持ちよく実行する。掃除、ごみ捨て、家での手伝い。

    5. 心施(シンセ)・・・自分以外のもののために心を配り、共に喜び、共に悲しむ。

    6. 荘座施(ショウザセ)・・・疲れていても、喜んで座席を譲る。

    7. 房舎施(ボウジャセ)・・・雨や風をしのぐ所をあたえる。

    キリスト教も仏教も人間が幸せになる道を教えてくれているのですね。

  4. 2018.01.11

    深い納得「私たちは皆、神様の作品」

    新年明けましておめでとうございます。今年も聖学院のことを宜しくお願いいたします。

    神様からいただいた昨年の恵みを感謝し、更なる新しい1年を迎えることができたことを皆様とともに感謝したいと存じます。

    現在放送中のNHK「人体―神秘の巨大ネットワーク」(全7集)を視聴しながら、今更ながら神様の被造物(人体)の中で、それぞれの細胞、臓器、骨が互いに信号を送りながら、助け合いながら、新陳代謝を繰り返しつつ、1日24時間、1年365日一瞬たりとも休むことなく命を持続している様子に、深い感銘を禁じえません。もし心臓が「ずっと働き尽くめなので今日は休みます」などと言ったとしたら人間は生きていけないわけですから。驚くべき神様の創造の業を知らされて感謝です。この感謝の気持ちをもって新しい1年の日々を歩ませていただきたいと思います。

    「あなたは、わたしの内臓を造り、母の胎内にわたしを組み立ててくださった。わたしはあなたに感謝をささげる。わたしは恐ろしい力によって驚くべきものに造り上げられている。」           (詩篇139:13~14)

  5. 2017.12.28

    数えてみよ 主の恵み

    4月より年末の今日12月28日までの9ヶ月間、日々新しい経験をさせていただきながら校長として立ち続けさせていただきました。たくさんの方々の祈りとお支えを感謝しております。

    国民教育者の師父として仰がれる森信三氏の「1日1語」という本が致知出版社から出ていますが、私も教育者としての氏の考え方に共鳴するところが多々あります。その1月1日のことばが「『人生二度なし』これ人生における最大最深の真理なり。」そして、12月31日のことばが「念々死を覚悟してはじめて真の生になる。」

    過ぎ行く年を振り返る時、私達はともすると、神様の恵みを忘れてしまう者ではないかと思います。恨み、つらみ、或いは人からされたひどい事については結構覚えているのですが、良かった事は、結構すぐに忘れてしまうのではないでしょうか。特に年末は、静まって神様からいただいた恵みを一つ一つ指折り数えあげてみましょう。感謝することによって、いつの間にか新たに力をいただくことに気づくことがあります。

    「主のよくしてくださったことを何一つ忘れるな。」(詩篇103篇2節)

  6. 2017.12.18

    クリスマスのGood News!!

    「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)」(マタイ1:21~23)
    クリスマスは「神が私たちと共にいる」ことが実現した日です。人生という旅路で重要なことは、誰と一緒に歩むのかということではないでしょうか。たとえ配偶者であっても、いつでもどこでも、いつまでも一緒というわけにはいきません。しかしキリストは、いつでもどこでも、いつまでも私達と一緒にいてくださいます。そのように感じなくても、これは事実です。
    「わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたと共にいる」。(マタイ28章20節)
    昨日12月17日、アドベント(待降節)のこの時期に、私にとって、また本校にとって大変嬉しいことがありました。私たちの仲間の教員が教会でバプテスマ(洗礼)を受けたのです。本校に奉職してから聖書のみことばを聴き、蒔かれた種が育ち、ついにインマヌエルの主イエスキリストを信じる信仰が与えられたのです。ハレルヤ!

  7. 2017.12.06

    喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く幸い

    10月に大学の推薦を希望する高校3年生と校長面接をしましたが、その合格のお知らせが次々と届いています。その中で特に嬉しかった生徒がいます。中学1年生の時、卓球部に入っていた生徒で、中学2年生から不登校気味になってしまい、中2~3と不登校でした。ご両親とは何度かお話をお聞きしながら、励ましつつ祈っておりました。その生徒が高校に入ると見事に気持ちの切り替えをして高3では無欠席を達成。そして、先日、母親が最難関私立大学の合格通知をもって校長室を尋ねて下さいました。神様がご両親のご苦労と祈りを聞き届けて下さったのだと思い、ご苦労に倍する喜びを共有させていただき、感謝でした。
    「あなたはわたしの苦しみをご覧になり、私の魂の悩みを知って下さいました。」
    (詩篇31編8節)

  8. 2017.11.13

    創立111周年 ~毎朝の礼拝に感謝~

    11月3日に本校創立111周年記念祭を祝うことが許されました。感謝です。本校は日露戦争が終わった翌年の1906年9月に石川角次郎先生を初代校長として歴史の1ページを記し、実に111年の間、一貫してキリスト教精神に基いた人間教育に力を注いだ教育を続け、今日までに16,804名の卒業生を世に送り出して参りました。毎朝生徒教職員約900名が講堂に集まり、声を合わせて賛美歌を歌い、静かに聖書のメッセージに耳を傾ける15分間の全校礼拝を守っています。今朝は私が担当でしたので、次のみ言葉からメッセージをさせていただきました。

    「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」(マタイによる福音書11章28~30節)

  9. 2017.10.25

    First things first (part-2)

    40年前の1977年(昭和52年)に発行された「森信三1日1語」(人生に処する知恵)を少しずつ読んでいます。その中で次のような言葉がありました。「いかにしてテレビに打ち克つ子どもにするか-教師たるものはこの一点に、道徳教育のすべてをかけねばなるまい。」
    3時間も4時間もテレビの前に座り、勉強や他のなすべきことを後回しにしてしまう子どもの実態をみて、森先生は教師として危機感を深めたのです。今はテレビのほかにゲームやスマホがあげられます。前回のブログにも書きましたが、「したいこと」よりも「しなければならないこと」を選び取ることを日々積み重ねることによって「しなければならないこと」を先にする習慣が身につきます。このことに本気で取り組まなければ手遅れになってしまうでしょう。家族全員で家庭での時間割作成を話し合い、本人の合意納得の上で一歩ずつ実行に移していって欲しいと期待しています。

  10. 2017.10.05

    First things first

    最近、政治の世界でこのFirstという言葉が流行っていますが、昨年1230日に89歳で亡くなられたノートルダム清心学園(岡山市)の理事長、渡辺和子さんが、このFirstを使って、若い頃、ご自身がアメリカ人の上司の職場で働いた時の経験を書いておられます。日々、いろいろやらなければならない仕事や役割が与えらますが、つい、自分のしたい事、好きなことをしようとしてしまう。そのような時、その上司が“First things first”「やらなければならない仕事からまず片付けてゆきなさい。」と注意して下さり、それを続けた結果、したいことよりも、しなければならない事を先にする習慣がいつしか身についたそうです。一般によい習慣やあるスキルを無意識的に使えるようになるには3ヶ月、または100日かかると言われますが、生徒には勉強習慣や読書習慣などよい習慣作りにチャレンジしてほしいと思います。私も読書に挑戦してみよう。

     

TOP