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校長プロフィール

  • 角田 秀明(つのだ ひであき)
    埼玉大学教育学部(中学校課程)卒業後に1974年より聖学院中学校・高等学校の英語科に勤務。一時休職し、米国ワシントンD.C. ジョージタウン大学大学院応用言語学修士課程に入学、同大学院修士課程修了後は聖学院に復職。以来、高等部長を16年間、副校長を3年間務め、2016年3月に41年間在職した本学院を退職。その後は学校法人聖学院の理事を務め、2017年4月より第12代校長として着任。

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  1. 2018.04.12

    コペルニクス的転回・パラダイムシフト

    4月6日に午前中に中学校、午後に高等学校の入学式を行いました。本校の6ヶ年一貫教育を選び取って下さった151名の新入生と保護者の方々を心から歓迎いたします。人生、すべて起こったことに意味があり、本校の入学も一人ひとりにとって神様の選びと許しがあったのだと受け止めています。入学式の式辞で、哲学者カントが使ったコペルニクス的転回のお話をいたしました。
    天文学者コペルニクスが地球中心の考え方(天動説)ではどうしても解決できなかった天文学の問題を、視点を変えること(地動説)によって、すべて解決し説明ができたように、自分中心の考え方から、神様を中心とした見方、生き方にシフトすることによって、悩みや問題の解決の糸口が見えてくることが多々あると思います。私たちは宇宙の中心ではありません。
    「我らは神の中に生き、動き、存在する」(使徒言行録17章28節)

  2. 2018.03.29

    「信仰によってまだ語っています。」

    去る3月24日、昨年暮の12月27日に88歳で天に召された本校の第8代校長であられた故・林田秀彦先生の記念会を行いました。1980年4月~2000年3月まで20年の長きにわたって本校の校長として立ち続けてこられました。約300名の旧教職員・卒業生・法人関係者の方々がご参集下さり、第1部では女子聖学院校長・聖学院院長をされた小倉義明先生に礼拝の説教をしていただきました。林田先生の著書からとった「満ち溢れる器」という題名の説教を聞きながら、会衆一同、生涯を神様に捧げ尽くされた林田先生の足跡を共に辿る豊かな恵みの時を与えられました。
    第2部では20年間林田校長を補佐された校務部長・副校長の真田幸男先生と同窓会長の金子健太郎様が林田先生の思い出を語って下さいました。記念会後、皆様から「よい会でした。」と喜んでいただけて、ホッとすると同時に神様に感謝しました。
    「アベルは死にましたが、信仰によってまだ語っています。」
    (ヘブライ人への手紙11章4節)

     

     

  3. 2018.03.22

    人の幸福は魂の満足

    3月10日に聖学院高等学校第70回(聖学院第111回)の卒業式を感動のうちに執り行うことができました。奇しくも卒業生も111名でした。

    6年前に期待と不安の入り混じった気持ちで入学してから6年の月日が流れたわけですが、この式の中で卒業生の口から数え切れないほど「ありがとうございました。」という感謝の言葉を聞いて驚きました。

    巣立っていった卒業生が書き残していった文集をじっくり読んでいます。実に多くの卒業生が学校生活に満足し、感謝の気持ちを言葉で伝えてくれています。ここで学んだ”Only One for Others”の理念を人生の生き方として大切にしたい、と書いています。嬉しいことです。自分の過去を思い返して満足できることは神様から人間に与えられる幸せであり、恵みですね。

    「人間にとって最も幸福なのは喜び楽しんで一生を送ることだ。人だれもが飲み食いしその労苦によって満足するのは 神の賜物だ。」(コヘレトの言葉3章12-13節)

  4. 2018.03.07

    「人は経験の束」

    2月に、恒例のクロスカントリーが戸田市の彩湖周回路を利用して行われました。中学生は5.2キロ、高校生は今年から7キロコースに挑戦しました。スターターをさせていただきましたが、出発2分前ぐらいから上位をねらう生徒と、始めからのんびりと完走を目指す生徒と、はっきり分かれます。

    中学1年生にとっては初めての経験、高校2年生は最後のクロスカントリー。それぞれの立場、条件で経験する同じ一つのプログラム。ゴールした時に心に残る思いは、力を出し切った喜びの感動か、はたまたなんとか終わった安堵感か。

    「人は経験の束」。脳は自分の経験をすべて記憶している。満足できる思い出となって脳に刻まれた人は幸いなり。

    「人間にとって最も良いのは、飲み食いし自分の労苦によって魂を満足させること。しかしそれも、わたしの見たところでは神の手からいただくもの。」(コヘレトの言葉  2章24節)

  5. 2018.02.20

    感動をありがとう、「喜ぶ人と共に喜び・・・」

    平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックで日本選手が次々とメダルを獲得し、日本国内は勿論、世界に感動と喜びを巻き起こしています。人間の心、技、体が見事に調和した異次元のパフォーマンスを見守り、手に汗握る応援の先に待っていた押さえ切れない感動に心が震え、思わず感嘆の声をあげてしまったのは私だけではなかったでしょう。神様が与えて下さっている賜物の素晴らしさを見届けることが許された恵みを感謝します。これらの選手は自分に与えられた条件をギリギリまで生かすチャレンジを日々続けて来られたのだろうと想います。選手自身も私たちと共に次の詩編のことばに共感するのではないでしょうか。

    「わたしはあなたに感謝をささげる。わたしは恐ろしい力によって 驚くべきものに造り上げられている。御業がどんなに驚くべきものか わたしの魂はよく知っている。」

    (詩編:139編14節)

  6. 2018.02.05

    「恐れは逃げると倍になるが、立ち向かえば半分になる。」

    2月1日~4日に中学入試が行われました。本校では、初日の2月1日に試験が始まる前に受験生・保護者の方々への激励の会を持つのが慣わしとなっています。4~5分の短い時間ですが、講堂のステージに並び、生徒会役員と校長の激励のメッセージ、そして、チャプレンがお祈りをします。
    不安や恐れの気持ちをもっている受験生・保護者がもう一度目を上げて不安の気持ちにうち勝ち、恐れに立ち向かい、もてる実力を発揮してもらいたいと思うのです。受験するのは受験生自身ですが、自分の背後には保護者をはじめ小学校・塾の友達や先生などたくさんのサポーター、そして何よりもすべてを導かれる神様が応援してくれていることを思い出すならば、きっと落ち着きと勇気が与えられるはずです。表題はウィンストン・チャーチルの名言と言われています。そして、聖書には更に力強い約束のことばがあります。
    「恐れるな、わたし(神)はあなたの行くところどこへでもあなたと共にあるからだ」
    (ヨシュア記1章9節)

  7. 2018.01.23

    「受けるよりも与える」チャンスを見つけよう!

    1月8日(月・祝日)夕方5時から本校の講堂で成人を迎えた卒業生対象に成人感謝礼拝を行いました。第109回生143名のうち96名が出席しました。その時、成人になったということは「受ける、してもらう」子供の立場から「与える」大人の立場に変わっていくことですねというお話をさせていただきました。聖書には「受けるより与える方が幸いである。」(使徒行伝20:35)という不思議な言葉があり、キリスト者に限らず沢山の方々に感銘を与えて来ました。しかし、仏教の教えにも「無財の七施」という教えがあります。お金がなくても、物がなくても、周りの人々に喜びを与え、少しでも喜んでいただける具体的な方法について教えています。

    1. 眼施(ゲンセ)・・・慈しみのまなこ。優しい目つきで接する。

    2.和顔施(ワゲンセ)・・・いつも穏かな顔つきで接する

    3. 言辞施(ゴンジセ)・・・思いやりのこもったことばをつかう。「ありがとう」「ごめんなさい」

    4. 身施(シンセ)・・・自分の体で奉仕すること。人のいやがる仕事でも喜んで、気持ちよく実行する。掃除、ごみ捨て、家での手伝い。

    5. 心施(シンセ)・・・自分以外のもののために心を配り、共に喜び、共に悲しむ。

    6. 荘座施(ショウザセ)・・・疲れていても、喜んで座席を譲る。

    7. 房舎施(ボウジャセ)・・・雨や風をしのぐ所をあたえる。

    キリスト教も仏教も人間が幸せになる道を教えてくれているのですね。

  8. 2018.01.11

    深い納得「私たちは皆、神様の作品」

    新年明けましておめでとうございます。今年も聖学院のことを宜しくお願いいたします。

    神様からいただいた昨年の恵みを感謝し、更なる新しい1年を迎えることができたことを皆様とともに感謝したいと存じます。

    現在放送中のNHK「人体―神秘の巨大ネットワーク」(全7集)を視聴しながら、今更ながら神様の被造物(人体)の中で、それぞれの細胞、臓器、骨が互いに信号を送りながら、助け合いながら、新陳代謝を繰り返しつつ、1日24時間、1年365日一瞬たりとも休むことなく命を持続している様子に、深い感銘を禁じえません。もし心臓が「ずっと働き尽くめなので今日は休みます」などと言ったとしたら人間は生きていけないわけですから。驚くべき神様の創造の業を知らされて感謝です。この感謝の気持ちをもって新しい1年の日々を歩ませていただきたいと思います。

    「あなたは、わたしの内臓を造り、母の胎内にわたしを組み立ててくださった。わたしはあなたに感謝をささげる。わたしは恐ろしい力によって驚くべきものに造り上げられている。」           (詩篇139:13~14)

  9. 2017.12.28

    数えてみよ 主の恵み

    4月より年末の今日12月28日までの9ヶ月間、日々新しい経験をさせていただきながら校長として立ち続けさせていただきました。たくさんの方々の祈りとお支えを感謝しております。

    国民教育者の師父として仰がれる森信三氏の「1日1語」という本が致知出版社から出ていますが、私も教育者としての氏の考え方に共鳴するところが多々あります。その1月1日のことばが「『人生二度なし』これ人生における最大最深の真理なり。」そして、12月31日のことばが「念々死を覚悟してはじめて真の生になる。」

    過ぎ行く年を振り返る時、私達はともすると、神様の恵みを忘れてしまう者ではないかと思います。恨み、つらみ、或いは人からされたひどい事については結構覚えているのですが、良かった事は、結構すぐに忘れてしまうのではないでしょうか。特に年末は、静まって神様からいただいた恵みを一つ一つ指折り数えあげてみましょう。感謝することによって、いつの間にか新たに力をいただくことに気づくことがあります。

    「主のよくしてくださったことを何一つ忘れるな。」(詩篇103篇2節)

  10. 2017.12.18

    クリスマスのGood News!!

    「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)」(マタイ1:21~23)
    クリスマスは「神が私たちと共にいる」ことが実現した日です。人生という旅路で重要なことは、誰と一緒に歩むのかということではないでしょうか。たとえ配偶者であっても、いつでもどこでも、いつまでも一緒というわけにはいきません。しかしキリストは、いつでもどこでも、いつまでも私達と一緒にいてくださいます。そのように感じなくても、これは事実です。
    「わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたと共にいる」。(マタイ28章20節)
    昨日12月17日、アドベント(待降節)のこの時期に、私にとって、また本校にとって大変嬉しいことがありました。私たちの仲間の教員が教会でバプテスマ(洗礼)を受けたのです。本校に奉職してから聖書のみことばを聴き、蒔かれた種が育ち、ついにインマヌエルの主イエスキリストを信じる信仰が与えられたのです。ハレルヤ!

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